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鳥取地方裁判所米子支部 昭和57年(ワ)202号 判決 1985年3月22日

原告(反訴被告)

永田広

被告(反訴原告)

木村富士子

主文

一  昭和五三年一一月一二日午後四時五分ころ、鳥取県西伯郡淀江町大字西尾原地内で発生した原告(反訴被告)を加害者、被告(反訴原告)を被害者とする交通事故により、原告(反訴被告)が被告(反訴原告)に対し支払うべき損害賠償金は、五〇〇万九七三七円を超えて存在しないことを確認する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、五〇〇万九七三七円及びこれに対する昭和五三年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  昭和五三年一一月一二日午後四時五分ころ、鳥取県西伯郡淀江町大字西尾原地内で発生した原告(反訴被告)を加害者、被告(反訴原告)を被害者とする交通事故により、原告(反訴被告)が被告(反訴原告)に対し支払うべき損害賠償金は、二〇八万七二六〇円を超えて存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、一一三四万九一四一円及びこれに対する昭和五三年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

3  仮執行の宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告(反訴原告)の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  交通事故の発生

(一) 原告(反訴被告)(以下「原告」という。)は、昭和五三年一一月一二日午後四時五分ころ、鳥取県西伯郡淀江町大字西尾原地内において普通乗用自動車(島根五五ヨ五七四八、以下「加害車」という。)を運転中、自車を被告(反訴原告)(以下「被告」という。)が同乗中の普通乗用自動車(鳥五五ほ七七三八、以下「被害車」という。)に正面衝突させる事故を起こし、被告に頭蓋亀裂骨折、頸椎捻挫、右三叉神経痛、腰痛の傷害を負わせた。

(二) 原告は、加害車の運行供用者として、自賠法三条により右受傷により被告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

2  右受傷による被告の入通院状況

(一) 入院 医療法人育生会高島病院(以下「高島病院」という。)に昭和五三年一一月一二日から同五四年四月二三日まで一六三日入院

(二) 通院 高島病院に同月二四日から同五七年三月一二日まで実日数六一三日通院

(三) 通院 薬師寺整形外科医院に同月一三日から同年八月末日現在まで通院。実日数は不明

3  症状の固定及び後遺障害等級

(一) 被告の症状は、高島病院に通院中の昭和五六年八月末日時点で固定していた。仮にそうでなくても、後遺障害診断書が作成された昭和五七年三月一二日には固定した。

(二) 症状の固定による被告の後遺症は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表(後遺障害等級表)の第一四級一〇号に該当する。

4  被告の損害

(一) 治療費

原告は、昭和五七年四月末日までの分の全額を支払つた。

(二) 休業損害

原告は被告に対し、事故当時の被告の一か月平均の収入一五万円を休業損害として事故当月分から昭和五六年一〇月分までを支払つた。原・被告は、その後同年一一月分以降の休業損害を支払わないことの合意をした。

(三) 通院交通費

被告は全通院期間中タクシーを利用しており、原告は被告に対し、昭和五七年四月末日までに要したタクシー代を支払つた。

(四) 入院雑費 八万一五〇〇円

入院一日につき五〇〇円として一六三日間の合計金額

(五) 入通院慰謝料 一三二万円

被告の入通院による精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当である。

(八) 後遺症逸失利益 一八万五七六〇円

労働能力喪失率を五パーセント、後遺症継続期間を二年間、一か月平均の所得を一五万四八〇〇円として算定

(七) 後遺症慰謝料 五〇万円

被告の後遺症による精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当である。

(八) 以上によると、原告が被告に支払うべき損害賠償金(未払分)は(四)ないし(七)の合計額二〇八万七二六〇円となる。

5  しかるに被告は右金額以上の損害を被つたと主張している。

6  よつて、原告は被告に対し、本件交通事故によつて原告が被告に支払うべき損害賠償金(未払分)は二〇八万七二六〇円を超えて存在しないことの確認を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  本訴請求の原因1(一)(二)の各事実はいずれも認める。

2  同2(一)ないし(三)の各事実はいずれも認める。但し、(三)につき被告は現在も通院中である。

3  同3(一)のうち、昭和五七年三月一二日に後遺障害診断書が作成されたことは認める、その余の事実は否認する。(二)の事実は否認する。

4  同4(一)の事実は認める。(二)のうち一か月平均一五万円を昭和五六年一〇月分まで受領したことは認める、その余の事実は否認する。(三)の事実は認める。(四)ないし(八)の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

三  反訴請求の原因

1  交通事故の発生

本訴請求の原因1(一)(二)と同旨。

2  右受傷による被告の入通院状況

(一) 入院 高島病院に昭和五三年一一月一二日から同五四年四月二三日まで実日数一六三日入院

(二) 通院

(1) 高島病院に昭和五四年四月二四日から同五七年五月一七日まで実日数五六一日通院

(2) 薬師寺整形外科医院に同五七年三月一三日から同年一〇月三〇日現在まで実日数八七日通院

(3) 鳥取大学医学部付属病院に同年五月一八日、同月二六日の二日間通院

以上合計六五〇日で、現在も通院中である。

3  後遺症及び後遺障害等級

(一) 症状等

(1) 自覚症状として、右側頭部痛、頭重感、時に激しい頭痛、後頭部痛、耳鳴り、眩暈、肩こり、右手に放散する疼痛及びしびれ感、右上肢の脱力感がある。

(2) 他覚症状として、頸椎の可動制限、可動時疼痛、右項筋の筋緊張著明、左瞳孔が右に比し若干散大、左瞳孔反射が右に比し緩慢、三叉神経領域の圧痛及び知覚鈍麻、腱反射の若干の亢進、右手の小振感等の症状がある。

(3) X線像によると、第三、第四頸椎間に角彎形成があり、これによる第二頸神経根部の損傷が後側頸痛の原因となつていると考えられる。脳波には軽度ないし境界程度の異常がある。

(4) 被告は、鬱状態で不安定な精神状態にあり、集中力、記憶力の低下、自律神経失調症状が認められる。

(二) 被告の右症状が固定したのは昭和五七年五月三一日である。

(三) 被告の右症状は、少なくとも後遺障害等級九級一〇号に該当する。

4  被告の損害

(一) 治療費残額 八万三〇六一円

(二) 休業損害 一〇五万円

昭和五六年一一月分から昭和五七年五月分までの七か月分の休業損害(一か月当り一五万円)。なお、昭和五六年一〇月分までは受領済みである。

(三) 通院交通費 一万八六六〇円

昭和五七年五月分のタクシー代金。

(四) 入院雑費 一六万三〇〇〇円

入院一日につき一〇〇〇円として一六三日間の合計金額

(五) 入通院慰謝料 二五〇万円

入院五か月半、通院三年一か月に及ぶ被告の入通院による精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当である。

(六) 後遺症逸失利益 三二三万四四二〇円

被告は、右後遺症により、神経系統の機能又は精神に障害を残し、その服することでのできる労務が相当程度制限されることとなり、夫の仕事の手伝いはできず、家事についても夫の助力を必要とするに至つた。

これによる被告の逸失利益は、一年間の収入一八〇万円(一か月一五万円)に労働能力喪失率三五パーセント、後遺症継続期間六年、そのホフマン係数五・一三四を乗じて算定するのが相当である。

(七) 後遺症慰謝料 三五〇万円

被告の後遺症による精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当である。

(八) 弁護士費用 八〇万円

被告は、本訴及び反訴の追行を被告訴訟代理人弁護士に委任し、着手金として五〇万円を支払い、報酬として判決認容額の一割を支払う旨約しているが、そのうち原告の負担すべき額としては右金額が相当である。

(九) 以上によると、原告が被告に支払うべき損害賠償金は一一三四万九一四一円となる。

5  よつて、被告は原告に対し、損害賠償金一一三四万九一四一円及びこれに対する本件事故の発生後である昭和五三年一一月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  反訴請求の原因に対する認否

1  反訴請求の原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。(二)(1)のうち、被告が昭和五七年三月一二日まで通院したことは認める、その余の事実は知らない。(二)(2)(3)の事実は知らない。

3  同3(一)(1)ないし(4)の事実は知らない。(二)(三)の事実は否認する。

4  同4(一)ないし(九)の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  本訴及び反訴各請求の原因1(本件交通事故の発生及びこれによる被告の受傷並びに原告の運行供用者としての責任)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、原告が被告に対して負担すべき損害賠償額の範囲について検討する。

1  被告の入通院状況

(一)  被告が、本件事故による受傷のため、昭和五三年一一月一二日から同五四年四月二三日までの一六三日間高島病院に入院したこと、同月二四日から同五七年三月一二日まで同病院に通院(実日数六一三日)したことは当事者間に争いがない。

(二)  いずれも成立につき当事者間に争いのない乙第二号証の二、同第四ないし第六号証、第一〇号証の一ないし三、証人木村龍一の証言及び被告本人尋問の結果(第一回)によると、被告は、昭和五七年三月一三日から同年五月一七日まで高島病院に通院(実日数三四日)したこと、同年三月一三日から同年一〇月三〇日まで薬師寺整形外科医院に通院(実日数八七日)し、昭和五八年六月二七日の第七回口頭弁論期日の時点においても同医院に通院中であつたこと、昭和五七年五月一八日ころと同月二五日ころの二回鳥取大学医学部付属病院で診療を受けたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  被告の症状固定及び後遺障害等級

(一)  被告の症状

前記1で認定した事実並びにいずれも成立につき当事者間に争いのない甲第二ないし第一〇号証、乙第三号証、同第五、第六号証、証人薬師寺廓麿の証言及び被告本人尋問の結果(第一、二回)によると、以下の事実が認められる。

(1) 被告は、本件事故により、被害車のフロントガラスで前頭部を強打し、頭蓋骨亀裂骨折の傷害を受けるとともに頸部にも衝撃を受け、昭和五三年一一月一二日から同五四年四月二三日まで高島病院に入院した。入院中の被告の症状は、主に根性坐骨神経痛、三叉神経痛、頭痛、めまいなどであつた。

(2) 被告は、昭和五四年四月二三日高島病院を退院し、引き続き同五七年五月一七日まで同病院に通院した。その間の被告は、肩こり、手足のしびれや痛みも訴えていたが、主な症状としては、右三叉神経痛、頭痛、頸部痛であつた。しかし同病院の高島義顕医師は、同五七年三月一二日限りで被告の症状が固定したと判断し、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成した。右診断書には後遺障害の程度、内容として「発作性に発生する前頭部、右顔面、頸部痛が続いている。これは三叉神経痛様(右)の病状で、日ごとに異なり特に冷寒に際し発生するが、日常生活はできる。他覚所見はない。X線上頸椎、腰椎に著変はない。脳のコンピユーター断層撮影(CT)では異常はなく、脳波の著変もない。右症状には心因性のものが重なつている。」旨記載されている。この診断書に基づき被告は、同年四月一日後遺障害一四級一〇号の認定を受けた。

(3) 被告は、高島医師により症状の好転見込がないと言われたため、同五七年三月一三日以降薬師寺整形外科医院で診察、治療を受けた。薬師寺廓麿医師は、同年五月三一日の診断結果に基づき同年三月一二日に被告の症状が固定したと判断し、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成した。右診断書には後遺障害の程度、内容として「自覚症状として右側頭部痛、頭重感、頭痛、後頸部痛、耳鳴り、めまい、霧眼、肩こり(右)、右手の疼痛、しびれ感がある。他覚症状及び検査結果として頸椎の可動制限(前屈三〇度、後屈二五度、右屈一八度、左屈二〇度、右旋回二二度、左旋回二五度)及び可動時疼痛あり。右項筋緊張著明、三叉神経領域の圧痛及び知覚鈍麻あり。X線検査によれば、第三、第四頸椎間に角彎形成が認められ、これによる第二頸神経根部の損傷が後側頸痛の原因と考えられる。被告の精神状態は、鬱状態にあり、情緒不安定で集中力、記憶力の低下あり。自律神経失調症あり。今後の病状は著しい改善は認められない。」旨記載されている。なお、頸椎の角彎形成はいわゆる首のむち打ちの衝撃によつて起こりやすいものである。ところで、被告は、右診断に先だつ昭和五六年四月二日富永脳神経外科病院でも診察、検査をうけ、同病院医師大塚楢夫作成の診断書には「頸椎X線によると生理的彎曲が消失し、第三、第四椎間に直線状の角彎形成を認める。脳波は、低電圧速波型で境界異常を認める。脳のコンピユーター断層撮影(CT)では異常を認めず。頸神経根刺激症状として大後頭神経に圧痛あり。以上により軽度から中程度の外傷性頸部症候群と診断する。」旨の記載がある。また、被告は、昭和五七年五月二五日、鳥取大学医学部付属病院でも診察、検査をうけ「頸椎症兼右顔面痛」と診断された。なおこの際も脳波に軽度異常があつたが、CTでは特記所見はなかつた。

(4) 被告は、三叉神経痛、頭痛、頸部痛の他、高島病院を退院して間もなく、特に、天気の悪い日などに右手の疼痛、しびれ、などを感じるようになり、これがいまだ消失していない。被告は受傷前家事労働と夫の建築業の手伝い(見積り書の作成、電話の応対、材料、職人の運送)をしていたが、右各症状により、前者の労務に支障を生じ、後者の労務もほとんどしていない。

以上のとおり認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  症状の固定時期

右(一)認定の事実によれば、被告の本件受傷による症状の固定時期は、昭和五七年三月一二日と認めるのが相当である。

なお、原告は、被告の症状固定時期を原告にとり最も有利な昭和五六年八月末日であると主張し、甲第八号証を援用するが、甲第九号証(乙第一〇号証)に照らし右証拠は直ちに採用し難い。また被告は、症状固定時期を昭和五七年五月三一日と主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

(三)  後遺障害等級

前記(一)認定の事実によれば、被告の症状は、三叉神経痛、頭痛及び頸部痛などの症候群と手足の疼痛及びしびれなどの症候群に大別され、前者は本件事故による頸部の衝撃により第三、第四椎間に角彎が形成され、このため第二頸神経根部が圧迫されあるいは損傷を受けた結果生じているものと推認することができるが、後者は、その発症の機序が明らかでない(証人薬師寺廓麿は、第四ないし第六頸椎の異常の可能性があるが、レントゲン検査等の他覚所見は見当らない旨証言する。)。

次に被告は、前記(一)の(4)認定のとおり、右後遺障害により家事労働や夫の建築業の手伝いに支障を生じていることが認められるが、前記(一)の(2)(3)の認定事実を考え併せれば被告の性格情緒等の心因的要素や症状固定後にもなお事実上頻繁に治療を受けていることなどが右労務の制約要素になつている面も否定し難いところである。

以上の点を総合すると、被告の後遺障害は、神経系統の機能に障害を残すものではあるが、被告が主張する自動車損害賠償保障法施行令二条別表(後遺障害等級表)の九級一〇号に言うところの交通事故との因果関係が認められる神経系統の毀損状態に直接帰因して「服することができる労務が相当な程度に制限され」ているとは認め難く、他に被告の主張を認めるに足る証拠はない。

しかし、被告の右後遺障害は、前記のとおり、主観的愁訴のみによるものではなく、医学的な客観性のある神経系統の毀損状態を推認しうるものであり、かつ、その治療経過に照らしても、原告が主張する同表一四級一〇号にいう「局部に神経症状を残すもの」よりは重症と見うるものであり、結局同表一二級一二号にいう「局部に頑固な神経症状を残すもの」又はこれに準じるものと認めるのが相当である。

なお、甲第一〇号証によると、被告の後遺障害は、鳥取調査事務所長により一四級一〇号と認定されたことが認められるが、右認定に際しては前記の頸椎の角彎形成が考慮されなかつたと考えられるから、このことは右認定を左右するものではない。また、乙第八号証、証人薬師寺廓麿、同木村龍一の各証言及び被告本人尋問の結果(第一、二回)によると、本件事故により被告と同時に受傷した被告の夫龍一は、外傷性頸部症候群により薬師寺整形外科医院で診療を受け、被告の症状より軽いにもかかわらず、後遺障害につき一二級一二号の認定を受けたことが認められるが、後遺障害等級表の各等級自体抽象的な基準であり、同一等級号でも症状の比較的軽いものから重いものまでを包摂しているものであるから、龍一が一二級一二号の後遺障害の認定を受けたとしても、このことが直ちに前記認定を左右するものではない。

3  被告の損害

(一)  治療費

原告が昭和五七年四月末日分までの治療費を全額支払つたことは当事者間に争いがない。いずれも成立につき当事者間に争いのない乙第九号証、同第一〇号証の一ないし三、同第一一号証の一ないし一一、同第一二号証の一ないし二二によれば被告は治療費として被告の主張する金額八万三〇六一円以上を支払つたことを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  休業損害

原告が被告に対し、被告の休業損害として一か月当り一五万円を昭和五六年一〇月分まで支払つたことは当事者間に争いがない。

被告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によると、右金額は、被告が夫龍一の建設業を手伝つて得ていた収入(一か月当り一五万円)を前提として、原告、保険会社、夫龍一らが話し合つた結果決められたものであることが認められ、右金額の相当性に疑いを差し入れるべき特段の事情も認められないから、右金額が被告の休業損害額の基礎額とするのが相当である。なお、原告は、昭和五六年一一月分以降の休業損害は支払わないことで原・被告が合意した旨を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告が被告に支払うべき休業損害額は、昭和五六年一一月一日から同五七年三月一二日までの分(昭和五七年三月分は一二日までの日割計算による。)であり、合計六五万八〇六四円(円未満切捨て)となる。

(三)  通院交通費

原告が被告に対し、昭和五七年四月末日までに要した通院交通費の全額を支払つたことは当事者間に争いがない。

被告は、同年五月分のタクシー代として一万八六六〇円を支出したと主張するが、その必要性及び具体的な支出額につきこれを認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用しない。

(四)  入院雑費

入院期間中の雑費は、入院期間の長さを考慮すると、一日当り八〇〇円と認めるのが相当であり、一六三日間の合計金額は一三万〇四〇〇円となる。

(五)  入通院慰謝料

被告の受傷の程度、入通院の期間(入院一六三日間、通院二年一〇か月余)、治療内容、その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を考慮すると、被告が症状固定時までの入通院によつて被つた精神的損害に対する慰謝料は、一五〇万円とするのが相当である。

(六)  後遺症逸失利益

「前認定のとおり、被告の後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令二条別表一二級一二号に該当するものであり、これによつて被告が被る労働能力の喪失は一四パーセント、その存続期間は症状固定時から三年間と認めるのが相当である。」そして、前記休業損害の場合と同額の一か月当り一五万円(年間一八〇万円)に右喪失率及び存続期間(三年のホフマン係数二・七三一)を乗じて被告の後遺症による逸失利益を算定すると、六八万八二一二円となる。

(七)  後遺症慰謝料

被告の後遺障害の程度、症状固定後の被告の主訴の内容及び通院の状況、被告の家庭環境、その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を考慮すると、被告が後遺障害によつて被る精神的損害に対する慰謝料は、一五〇万円とするのが相当である。

(八)  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、被告が被告訴訟代理人弁護士に本訴及び反訴の提起・追行を委任し、相当額の支払を約していることが認められるところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額等に鑑みると、原告に対して賠償を求めうる弁護士費用は、四五万円とするのが相当である。

(九)  以上によると、原告が被告に対し支払うべき損害賠償金額の合計は、五〇〇万九七三七円となる。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求は、本件交通事故により原告が被告に支払うべき損害賠償金が金五〇〇万九七三七円を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は、被告に対し金五〇〇万九七三七円とこれに対する本件交通事故発生の日の後の日である昭和五三年一一月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 林豊 松本史郎 中川博之)

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